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 神社山門: 池神社

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池神社

池神社(山形県鶴岡市古郡)
【 概 要 】−池神社の創建は不詳ですが、例祭の「古郡神楽(鶴岡市指定無形民俗文化財)」は江戸時代初期の形式を継承し、神社山門は室町時代末期に廃寺になった宮目寺の山門を移築したとの伝承が伝えられている事からそれ以上の歴史があると思われます。

【 場 所 】−山形県鶴岡市古郡字水押

【 構 造 】−寄棟、鉄板葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−社号や、地名から推察すると元々は水神が祭られていたと思われますが、現在の祭神は豊宇氣毘賣命。豊宇氣毘賣命は豊受大神の別称で、伊勢神宮外宮(豊受大神宮:三重県伊勢市豊川町)の祭神で食物・穀物を司る女神として知られている為、どこかで祭神が変更になったのかも知れません。境内地は藤島城の支城と思われる古郡館の城跡とされ、藤島城は出羽国府の府城として築かれ出羽守や鎮守府将軍の居城として機能したと思われますが、14世紀の南北朝時代に南朝方の拠点として利用されている事から古郡館もその頃に築かれたと思われます。池神社の鎮座地に変更が無かったとすると古郡館の鎮守社だったとも考えられますが詳細は判りません。慶長5年(1600)の関ケ原の戦いで東軍として大きな功績を挙げた山形城の城主最上義光は庄内地方を与えられ、家臣である新関久正が藤島城に配すと、久正は池神社を崇敬したようで因幡堰を開削した際には当社で21日間完成祈願を行い、完成した際には神楽が奉納され、現在も古郡神楽として引き継がれています。因幡堰は当地を開墾する為の水路である事から、当時の当社の祭神はやはり水神だったと思われます。当社と関係が深かったと思われる宮目寺も良く判りませんが、中世、藤島城の城主だった土佐林家は出羽三山の1つ羽黒山の藤島学頭宮目寺宗徒出身の豪族だったとされる事から、戦国時代に土佐林家が没落すると廃寺になったと思われます。

山形県の神社山門
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