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 神社山門: 江原浅間神社

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江原浅間神社

江原浅間神社(山梨県南アルプス市江原)
【 概 要 】−江原浅間神社は景行天皇の御代に創建された古社で、古くから五穀豊穣に御利益があるとして広く信仰されてきました。特に長く当地を支配した下条氏から庇護され、社殿の造営や社領の寄進などが行われ社運も隆盛しました。現在の本殿は江戸時代前期に藤枝方孝が再建したもので南アルプス市指定文化財に指定されています。又、御神体である女神像は富士山信仰最古の神像として大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。

【 場 所 】山梨県南アルプス市江原

【 構 造 】−切妻、銅板葺き、三間一戸、八脚楼門

【 備 考 】−江原浅間神社が一躍有名になったのは御神像である女神像が平安時代中期の11世紀頃に制作されたとの調査結果を得た事から、富士山信仰の神像としては最古のものと判明した事で脚光を浴びる事になりました。富士山を御神体とする浅間神社の発生起源は判りませんが、奈良時代に成立した古事記や日本書紀に存在を思わせる記述があり、平安時代に成立した三代実録によると甲斐国(現在の山梨県)には貞観6年(864)に富士山が大噴火を起こした事を鎮める為に祭るように命じられた事が記載されています。そう言う意味では、当社は由緒とは異なり平安時代以降に創建された可能性が高く、女神像も創建時に制作されたとも考えられます。この女神像を実際に見た事はありませんが、写真を見る限り中心に背が高い仏様がありその3方を3躯の女神が取り囲むような姿をしています。浅間神社の祭神と言えば木花之開耶姫命が有名ですが、それでは残りの2女神はどの神様だったのかは中々想像するには難しいものがあり、女神では無く、一種の天界を表現している仏像なのかも知れません。何れにしても仏像と女神像が組み合さっている事から平安時代には既に神仏習合の形態が成立していた事が窺えます。山門は両脇の床が地面に着かない形式のもので、鳥居から現在の境内までには距離があり往時は相当広かったと思われます。

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