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 神社山門: 表門神社

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表門神社

表門神社(山梨県市川三郷町)
【 概 要 】−表門神社は孝霊天皇2年に創建した古社で、格式が高く延喜式神名帳では式内社として記載されていました。中央にも聞こえた存在で白河天皇の祈願所として永保元年(1081)に祈祷により天皇の重病を平癒した事から篤く庇護されるようになっています。歴代領主からも崇敬庇護され、江戸時代には徳川家より社領が安堵されています。本殿と神楽殿は市川三郷町指定文化財、石鳥居は山梨県指定天然記念物に指定されています。又、表門神社は市川文殊として日本三大文殊の1つに数える人もいます。

【 場 所 】山梨県西八代郡市川三郷町上野

【 構 造 】−切妻、銅板葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−4月の例祭である御幸祭は表門神社から御前神社まで神輿渡御が行われ、芦川の中を横切る事から「神輿の川渡り」の別称があり山梨三大奇祭の一つに数えられています。 伝承によると御幸祭は天永年間(1110〜1013年)に新羅三郎義光の3男である源義清が市河庄、青島庄の下司に就任し平塩の丘(市川大門地区)に居館を設けた際、居館に表門神社の神輿を招いたのが始まりとされ、居館が廃されると近くに鎮座していた御崎神社までになったとされます。又、当初は橋の上を神輿が渡御していたそうですが江戸時代初期に当地(川裏山薬王院)に配流された八宮良純入道親王が橋の上で祭りを見物していた為、やむをえず川の中を進む事となり、以来、川渡りが常になったそうです。もう少し意味深いものと思いましたが以外と俗ぽい理由でした。神輿渡御にも様々ありますが、旧境内地や元宮への渡御や、山宮と里宮の関係、秋宮と春宮の関係などが挙げられ、表門神社は江戸時代までは「市川御崎明神」と呼ばれていた事から、渡御先の御崎神社と関係が深いと推察しましたが的が外れたようです。

山梨県の神社山門
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