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 神社山門: 北口本宮冨士浅間神社

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北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社(山梨県富士吉田市)
【 概 要 】−北口本宮冨士浅間神社は垂仁天皇の御代に富士山の火山活動を鎮める為に創建した古社です。延暦7年(788)に現在地に社殿が造営され、中世には甲斐国守護職を担った武田家から崇敬庇護され、社領の寄進や社殿の造営が繰り返され、祈願所にもなっていました。武田家が滅亡後も、浅野氏重や鳥居成次といった領主から社殿が造営され引き続き庇護が続いています。江戸時代中期以降になると、富士山信仰が一般庶民にも広がり、多くの登拝者が訪れるようになり北口本宮冨士浅間神社も大いに賑わい社運も隆盛しました。現在でも文化財指定されている社殿群があり、社宝も多数所有しています。世界遺産。

【 場 所 】−山梨県富士吉田市上吉田

【 構 造 】−入母屋、銅瓦棒葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−北口本宮冨士浅間神社の創建も定かでは無く、社伝をそのまま真実とすれば日本武尊が信仰の原点となっています。確かに古事記や日本書紀で記されているように、日本武尊が足柄峠から酒折宮に移動したとすると当社はその途中にあり、由緒を考案した人物はそれらを熟知した識者であった事が窺えます。由緒上は甲斐守藤原當興朝臣や北条義時朝臣が社殿の造営に携わったとされますが、こちらも事実を担保する客観的な資料がありません。歴史的に明確になるのは戦国時代からで、当時は諏訪森と呼ばれる地で、地元神として諏訪神が祭られていた事が判っています。又、富士山の信仰について諏訪社の神官とやり取りしている事から少なくとも当時は北口本宮冨士浅間神社が存在していない可能性が高いと考えられています。その後は武田家によって境内が整備され事実上の創建が成されたと思われます。

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