※このサイトは境内に山門(門扉)がある神社の写真や、私論、感想を掲載しています。

 神社山門: 鷲子山上神社

  全国の観光と歴史的建築物(ホーム)全国の神社山門栃木県>鷲子山上神社(那珂川町矢又)

鷲子山上神社

鷲子山上神社(栃木県那珂川町矢又)

鷲子山上神社(栃木県那珂川町矢又)

【 概 要 】鷲子山上神社は大同2年に大蔵坊宝珠上人により創建された古社です。中世は長く当地を支配した武茂氏により崇敬庇護され社運も隆盛しました。江戸時代に入ると幕府から社領20石が安堵され、歴代水戸藩の藩主水戸徳川家が庇護しました。天下の副将軍と歌われた水戸光圀も参拝に訪れ9代藩主徳川斉昭も鷲子山十景七奇の碑を建立しています。本殿と随神門(神社山門)は江戸時代に建てられたもので、栃木県(茨城県)指定文化財に指定されています。

【 場 所 】栃木県那須郡那珂川町矢又

【 構 造 】−入母屋、銅板葺き、三間一戸、八脚楼門、軒唐破風・宝形屋根、鉄板葺き、一間一戸、四脚楼門

【 備 考 】−鷲子山上神社を創建した大蔵坊宝珠上人は馬頭町出身とされる人物ですが、延暦25年/大同元年(806)に西金砂神社茨城県常陸太田市上宮河内町)と東金砂神社(茨城県常陸太田市天下野町)を日吉大社滋賀県大津市坂本)の分霊を勧請して創建した宝珠上人は比叡山の横川出身の天台沙門の僧として伝えられています。素直に読み取とると、馬頭町出身者で、出家した後に比叡山の横川で修行をし、諸国を巡錫したという事なのかも知れません。ただし、日吉大社(滋賀県大津市坂本)が成立するのは天智天皇7年(668)であるものの、山王信仰の前身である両所三聖(大比叡神(東塔)・小比叡神(西塔)・比叡山王(横川・山王明神))が成立するのは9世紀後半以降、山王三聖が成立するのは10世紀後半である事から、全国に山王信仰が普及するのは平安時代後期以降と推定されます。これから推察すると、西金砂神社と東金砂神社の創建年は平安時代後期以降となり、同じ創建者である鷲子山上神社も同様とも考えられます。三社共に信仰の広がりなどから察すると六国史や延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されても良いはずですが、記載されていない事を鑑みても推察した通り平安時代後期以降に創建したと考えるのが妥当と思われます。

栃木県の神社山門
那須神社太平山神社木幡神社鷲子山上神社長沼八幡宮賀蘇山神社尾出山神社高椅神社
須賀神社二荒山神社朝日森天満宮唐沢山神社今宮神社佐野東照宮日光東照宮(陽明門)
二荒山神社滝尾神社二荒山神社中宮祠
 ※ このサイトは資料やパンフレット、案内板などを参考にしていますが、私的な見解や推察などが多分に含まれている為、最終的な確認、決断は個人で行ってください。又、文章や写真の利用は御遠慮ください。