山梨県の神社山門4

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名 称
建築年
内   容
場 所
備 考
・冨士御室
・浅間神社
 冨士御室浅間神社は文武天皇3年(699)に藤原義忠によって創建された古社です。その後、富士山の大噴火の影響で大破し、坂上田村麻呂により再建されています。天徳2年(958)に村上天皇の勅命で里宮が造営され、その後は歴代領主から庇護の対象となっています。特に甲斐国守護職となった武田家の祈願所として崇敬が篤く社殿の修復などが行われています。江戸時代に入ると、谷村藩の藩主鳥井家の庇護となっています。現在の本殿は江戸時代初期に建てられたもので大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。・山梨県
・富士河口湖町
 
・八幡穂見神社 八幡穂見神社は延長5年(927)にまとめられた延喜式神名帳に式内社として記載された穂見神社の論社です。古くから布施郷の総鎮守として信仰を集め、中世には領主である穂坂小次郎光重が社殿を造営しています。往時は神仏習合し、石鳥居の額には梵字で阿弥陀如来と刻まれていました。八幡穂見神社本殿は江戸時代初期に再建された貴重な建物で山梨県指定文化財に指定されています。・山梨県
・中央市
・田富町
 
・北口本宮
・冨士浅間神社
・元文元年北口本宮冨士浅間神社は垂仁天皇の御代に富士山の火山活動を鎮める為に創建した古社です。延暦7年(788)に現在地に社殿が造営され、中世には甲斐国守護職を担った武田家から崇敬庇護され、社領の寄進や社殿の造営が繰り返され、祈願所にもなっていました。武田家が滅亡後も、浅野氏重や鳥居成次といった領主から社殿が造営され引き続き庇護が続いています。江戸時代中期以降になると、富士山信仰が一般庶民にも広がり、多くの登拝者が訪れるようになり北口本宮冨士浅間神社も大いに賑わい社運も隆盛しました。現在でも文化財指定されている社殿群があり、社宝も多数所有しています。・山梨県
・富士吉田市
市指定
・忍野浅間神社・明治18年忍野浅間神社は大同2年(807)に創建された古社です。源頼朝から庇護を受け富士の巻狩りを行った際には武運長久の祈願が行われ、社領の寄進や随神門を造営し金剛力士像が奉納されています。忍野浅間神社の御神体である木造女神坐像、木造男神坐像、木造男神坐像は鎌倉時代末期に製作されたもので、当時の富士山信仰の形態が判る彫刻として貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。本殿は江戸時代初期に建てられたもので忍野村指定文化財に指定されています。・山梨県
・忍野村
・忍草
 
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