富山県の楼門建築1

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名 称
内   容
場  所
・宝寿院○宝寿院は鎌倉時代初期にに建部良瞬により創建されたのが始まりとされます。境内に隣接する武部神社とは神仏習合し鎮守社として祭祀を司てきましたが、明治時代の神仏分離令により武部神社から鰐口が移されています。山門は江戸時代中期に薬医門として建てられたものを天保4年(1833)に楼門として改変した貴重な建物で富山市指定文化財に指定されています。

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・富山県
・富山市
・千光寺○千光寺は飛鳥時代に法道上人によって創建されたと伝わる古寺です。弘法大師空海により三輪宗から真言宗に改宗され、多くの天皇の祈願所となっています。戦国時代には上杉謙信の兵火により境内が荒廃しましたが、その後は謙信から庇護され戦勝祈願が行われ、豊臣秀吉も境内を整備しています。江戸時代に入ると加賀藩主前田家から祈願所となり寺領が安堵されています。楼門は江戸時代後期に造営されたもので砺波市指定文化財に指定されています。

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・富山県
・砺波市
・安居寺○安居寺は奈良時代初期に善無畏三蔵により創建されたと伝わる古寺です。その後、名僧として知られる行基菩薩が境内を整備し聖武天皇の勅願寺となっています。平安時代末期に源平の争乱に巻き込まれて荒廃しますが、室町時代に8代将軍足利義政により再興を果たしています。江戸時代に入ると加賀藩前田家の祈願所となり天徳院の安産祈願が行われています。楼門は江戸時代中期に造営されたもので南砺市指定有形文化財に指定されています。

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・富山県
・南砺市
・瑞泉寺○瑞泉寺は南北朝時代に綽如上人によって創建された寺院で、その後、北陸地方の真宗の中心的な存在となり、一向一揆の拠点となりました。当時の境内は城郭と同様に堀や土塁が設けられ、周辺領主との交戦を経て一向宗徒による自治が行われ瑞泉寺もその一翼を担いました。織田信長の北陸侵攻により一揆衆は掃討されましたが、豊臣政権に入ると再興が許されています。楼門は江戸時代中期に造営されたもので富山県指定文化財に指定されています。

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・富山県
・南砺市
・井波町
・善徳寺○善徳寺は室町時代に本願寺8世の蓮如上人が創建した寺院で、当時は加賀国河北郡井家に境内を構え北陸地方の浄土真宗の中心的な役割を持ちました。戦国時代に当地の領主である荒木大膳の招きにより城ヶ鼻城の城内に境内を構えました。江戸時代に入ると加賀藩主前田家の庇護となっています。山門は江戸時代後期に造営されたもので、富山県指定文化財に指定されています。

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・富山県
・南砺市
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富山県1宝寿院千光寺安居寺|瑞泉寺善徳寺
富山県2長安寺願楽寺日石寺|行徳寺|瑞願寺|瑞竜寺

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