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下戸沢宿は出羽国、陸奥国の津軽地方の諸大名13藩が参勤交代で利用した羽州街道の1区間である七ヶ宿街道の宿場町として整備された町です。隣接する上戸沢宿は仙台藩と他領との藩境だった為、下戸沢宿には防衛力を補間する為に足軽が30〜40人配されました。明治以降は衰退しました、茅葺屋根の古民家が数軒残されています。
下戸沢宿:動画
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大内宿は会津西街道(下野街道)の宿場町として整備された町で、江戸時代初期には会津藩の藩主が参勤交代で通過した際には大内宿本院が昼食場所として利用されていました。現在も街道の両側には寄棟、茅葺屋根の古民家が整然と軒を連ねています。大内宿は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、国指定史跡に指定されています。
大内宿:動画
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□−前沢集落−福島県南会津郡南会津町前沢
前沢集落は戦国時代末期に横田城主山内氏勝の家臣、小勝入道沢西によって開かれた集落です。明治40年の火災で全戸が焼失し、その直後から一斉に再建されています。前沢集落には木造平屋建て、寄棟(突出部は切妻)、平入、中門造りの古民家が点在し、その内10棟が茅葺屋根です。前沢集落は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
前沢集落:動画
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荻ノ島集落には木曽義仲の家臣が流れ着いたとの伝承が伝えられています。明治41年(1908)の火災により全26戸全てが全焼し、現在見られる茅葺屋根の古民家はその後に再建されたものです。全国的にも稀な、環状集落と呼ばれる略楕円形に古民家が配されている集落です。農林水産省による「美しい日本のむら景観百選」に選択されています。
荻ノ島集落:動画
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青鬼集落は千国街道と善光寺、戸隠神社を結ぶ間道沿いに開けた集落です。地名は「お善鬼様伝説」に因むもので鎮守として青鬼神社が鎮座しています。円弧型に配置された正面兜造り、茅葺屋根(鉄板覆い)の古民家と日本の棚田百選に選定されている棚田が良好な集落景観を造り出しています。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
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相倉集落は越中の五箇山に位置し、古くは周囲から隔絶し、豪雪という自然環境、大家族制度、養蚕や硝煙の生産が大きく関係し茅葺屋根の合掌造りという形式の古民家が発展しました。茅葺の葺き換えには多くの労働力が必要とした事から「結」と呼ばれる制度が確立しました。国の重要伝統的建造物群保存地区。ユネスコの世界遺産。
相倉集落:動画
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菅沼集落は越中の五箇山に位置し、古くは周囲から隔絶し、豪雪という自然環境、大家族制度、養蚕や硝煙の生産が大きく関係し茅葺屋根の合掌造りという形式の古民家が発展しました。茅葺の葺き換えには多くの労働力が必要とした事から「結」と呼ばれる制度が確立しました。国の重要伝統的建造物群保存地区。ユネスコの世界遺産。
菅沼集落:動画
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板取宿は元々は北陸道(北国街道)の宿場町で、越前国(福井県)と近江国(滋賀県)の国境に接していた為に重要視され、江戸時代には福井藩の番所(関所)が置かれ、人や荷物の出入りを厳重に管理されていました。往時は50戸前後の家屋があったとされますが、現在は茅葺屋根の古民家が数棟残るのみとなっています。
板取宿:動画
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白川郷荻町は越中国(富山県)の五箇山にある相倉集落と菅沼集落と共に、合掌造りの古民家が数多く残されている山村集落です。世界的に見ても極めて稀な存在で、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されると共に、ユネスコの世界遺産(文化遺産)でもあり、大内宿、美山町北集落と共に、日本三大茅葺集落に数えられています。
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在原集落は平安時代の貴族、歌人で六歌仙・三十六歌仙の一人、「伊勢物語」の主人公、在原業平が晩年過して死去したと伝わる集落です(集落内部には業平の墓碑と伝わる宝篋印塔が建立されています)。周囲から隔絶していた事もあり、現在も良好な茅葺屋根の古民家が点在しています。主屋は当地方独特の伊香造や大浦造と呼ばれる形式を踏襲しています。
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美山町北集落は知井庄の中心として総社である知井八幡神社が鎮座しています。往時は京都と日本海側の小浜を結ぶ若狭街道(鯖街道)が通過していた為、賑っていたそうです。現在でも「北山型民家」と呼ばれる当地域独特の茅葺屋根の古民家が数多く残され国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、日本三大茅葺集落に数えられています。
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