考顕寺: 楼門

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考顕寺(茨城県・結城市)

考顕寺(茨城県・結城市)概要: 考顕寺は室町時代後期の永正12年(1515)に結城政朝が独峰曇聚禅師を招いて創建した寺院で、政朝が死去すると菩提寺となっています。当初は永正寺と号していましたが戦国時代末期に結城秀康が現在地に境内を移し再興した際に、開基者である政朝の戒名「永正寺殿宗明孝顕寺大居士」に因み寺号を考顕寺に改めています。慶長5年(1600)の関ケ原の戦いで秀康は徳川家一族として上杉景勝の侵攻を牽制した功により福井藩(福井県福井市・本城:福井城)に移封になると、一時衰退しましたが、元禄13年(1700)に水野勝長が入封し結城藩を立藩すると、水野家の菩提寺に指定され、その後は水野家から篤く庇護され再び寺運が隆盛しています。境内は結城城の一部だった事から城の総堀(御朱印堀)の一部が残され茨城県指定史跡に指定されています。国家老である小場兵馬は戊辰戦争の際に新政府方に恭順を示したものの、佐幕派が結城城を乗っ取り大きな混乱を招いた事から、その責任を感じて考顕寺の境内で切腹しています。山門は江戸時代中期に造営されたもので三間三戸、入母屋、桟瓦葺き、八脚楼門、外壁は真壁造り板張り木部は朱塗り、上層部高欄付、結城市指定文化財に指定されています。

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