石川県の楼門建築

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名 称
内   容
場  所
・那谷寺那谷寺は養老元年(717)に白山を開山し修験道の高僧として知られた泰澄大師によって創建された古寺です。寛和2年(986)、花山法皇が巡錫で当地で訪れた際、那谷寺を参拝すると境内を霊地と悟り、西国三十三観音霊場の智山青岸渡寺と汲山華厳寺の寺号に因み、当初の寺号「岩室寺」から「那谷寺」に改称しています。その後は白山信仰の拠点の1つとして寺運も隆盛しましたが、南北朝の動乱や戦国時代の一向一揆などで衰微しました。江戸時代に入ると加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)の藩主前田家から庇護され堂宇の造営や寺領の寄進が行われました。那谷寺の山門は入母屋、本瓦葺、一間一戸、四脚楼門。

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石川県
小松市
・妙観院妙観院は天長7年(830)に弘法大師空海により創建された古寺です。本尊は空海が浜に打ち上げられた霊木から彫刻したと伝わる聖観世音菩薩像。戦国時代には七尾城の城主となった前田利家が庇護し、境内を現在地に移しています。江戸時代に入ると、加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)の藩主となった前田家が引き続き庇護をし寺領の安堵が行われています。妙観院山門は中国風の楼門建築である竜宮門、入母屋、桟瓦葺、三間一戸、軒唐破風。北陸三十三ヶ所観音霊場第19番。

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・石川県
七尾市
・東嶺寺東嶺寺は永正17年(1520)に日三梵朔和尚によって創建された寺院です。戦国時代に七尾城の城主畠山家の家臣である長氏の菩提寺となり、以来、長氏から篤く庇護されています。長氏は畠山家が没落後は前田家に与し、江戸時代には加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)八家に数えられ家老を歴任しました。境内には長氏歴代の墓碑が建立されており七尾市指定史跡に指定されています。東嶺寺山門は三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門、七尾市指定文化財に指定されています。

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・石川県
・七尾市
・金蔵寺○金蔵寺は奈良時代の白雉年間に行基菩薩により創建された寺院です。本尊の十一面千手観音像は行基作と伝えられる古仏で以前は北陸三十三観音霊場特番に選定されていました。中世は当地域を代表する大寺院だったそうですが、戦国時代に戦乱に巻き込まれ荒廃し衰微しました。金蔵寺山門は江戸時代中期の宝暦年間に造営されたもので、三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚2重鐘楼門。

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・石川県
輪島市
・永光寺○永光寺は正和元年は曹洞宗の高僧として知られた瑩山紹瑾和尚によって創建された名刹です。後醍醐天皇や足利尊氏の庇護により能登国最大の曹洞宗寺院として発展しましたが、応仁の乱の争乱により境内が荒廃し、後に曹洞宗の大本山となった総持寺に信仰の中心が移りました。現在でも国指定重要文化財や石川県指定文化財、羽咋市指定文化財に指定されている寺宝を数多く所有し往時の繁栄が窺えます。山門は三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚2重楼門、本堂や、庫裡、書院など共に「永光寺方式」と呼ばれる伽藍配置を形成し羽咋市指定文化財に指定されています。

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・石川県
羽咋市
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石川県1大乗寺天徳院全性寺円光寺本念寺
石川県2那谷寺妙観院東嶺寺金蔵寺永光寺
石川県3妙成寺尾山神社総持寺祖院菅生石部神社

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