石川県の楼門建築

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名 称
内   容
場  所
・妙成寺妙成寺は永仁2年(1294)に領主である芝原将監が日乗上人を招いて創建した寺院です。日乗上人は石動山天平寺の僧侶だったものの、日蓮宗の高僧として知られた日像上人の弟子となり日蓮宗に改宗し、日像上人を勧請開山者としました。その後、妙成寺は能登国の日蓮宗の中心として発展し、戦国時代には七尾城(石川県七尾市)の城主となった前田利家の祈願所になっています。江戸時代に入ると、加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)の藩主となった前田家から引き続き庇護となり、特に利家の側室で2代藩主前田利常は生母である寿福院が篤く帰依し菩提寺となっています。二王門は三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門、国指定重要文化財に指定されています。

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石川県
羽咋市
・尾山神社尾山神社は慶長4年(1599)に創建された卯辰八幡宮を前身とし、加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)の藩祖である前田利家が祭られています。前田利家は豊臣秀吉死後、徳川家康と対立した事から、江戸時代を通して公に祭る事が出来ず卯辰八幡宮に利家の御霊を合祀する形が採られました。明治時代に入ると、改めて利家を祭る神社の創設が望まれ卯辰八幡宮から分祀され金沢城の金谷出丸跡地に尾山神社が創建されました。神門は明治8年(1875)に造営されたもので、当時の洋風建築の要素を取り入れられた和洋折衷の楼門建築と言える珍しい建物です。尾山神社神門は国指定重要文化財に指定されています。

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・石川県
金沢市
・総持寺祖院総持寺祖院は奈良時代の高僧と知られる行基により創建された古寺です。当初は真言宗の寺院で諸岡比古神社の別当寺院でしたが、鎌倉時代末期に曹洞宗の高僧である瑩山紹瑾によって曹洞宗に改宗開山が行われました。当時の能登国の曹洞宗は永光寺が中心的な立場でしたが、応仁の乱の兵乱などで永光寺が衰微すると総持寺祖院に中心が移り、江戸時代に入ると幕府から永平寺と共に曹洞宗の大本山として認められています。領主である加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)の藩主前田家からも庇護を受け寺領の寄進や堂宇の造営などが行われています。総持寺祖院山門は昭和初期に造営されたもので、三間三戸、入母屋、桟瓦葺、八脚2重楼門、国登録有形文化財に登録されています。

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・石川県
輪島市
・菅生石部神社菅生石部神社は用明天皇の時代に創建された古社で、平安時代に成立した延喜式神名帳では式内社として記載され加賀国二宮の格式だったとされます。菅生石部神社は天神信仰と結びつき、江戸時代に加賀藩主となった前田家が菅原道真を祖神として信仰していた事から篤く庇護されました。社宝である蒔絵角赤手箱は珠姫(2代藩主前田利常の正室)が奉納したもので国指定重要文化財に指定されています。神門は三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚楼門、加賀市指定文化財に指定されています。

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・石川県
・加賀市

石川県1大乗寺天徳院全性寺円光寺本念寺
石川県2那谷寺妙観院東嶺寺金蔵寺永光寺
石川県3妙成寺尾山神社総持寺祖院菅生石部神社

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