総持寺祖院: 楼門

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総持寺祖院(石川県・輪島市)

総持寺祖院(石川県・輪島市門前町)概要: 総持寺祖院は奈良時代の天平年間(729〜749年)に高僧と知られる行基により創建された古寺です。当初は真言宗の寺院で諸岡比古神社の別当寺院でしたが、鎌倉時代末期の元享元年(1321)に曹洞宗の高僧である瑩山紹瑾(永平寺大乗寺、永光寺などの住職を歴任した曹洞宗の名僧)によって曹洞宗に改宗開山が行われました。当時の能登国の曹洞宗は永光寺石川県輪島市)が中心的な立場でしたが、応仁の乱の兵乱などで永光寺が衰微すると総持寺に中心が移り、江戸時代に入ると幕府から永平寺(福井県永平寺町)と共に曹洞宗の大本山として認められ徳川家康は千両を寄進しています。中世は領主である長谷部家、登守護職畠山氏、江戸時代は加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)の藩主前田家から庇護され寺領400石が安堵、経堂が造営されています。明治44年(1911)に神奈川県横浜市鶴見区へ移転し、当寺は総持寺祖院となっています。総持寺祖院山門は昭和初期に造営されたもので、三間三戸、入母屋、桟瓦葺(下屋庇:桟瓦葺)、八脚二重楼門、外壁は真壁造り板張り、高欄付、国登録有形文化財に登録されています。

輪島市門前町黒島町−総持寺祖院の門前町の郊外に形成された門前町黒島町は16世紀前半に成立した山村集落でしたが、次第に海岸線に移り半農半魚の生活を営むようになりました。さらに、総持寺祖院の門前町の発展に伴いその消費を賄うようになり海運を利用して多くの物資が運ばれるようになりました。江戸時代中期以降は北前船の廻船問屋や船主、船頭、水夫の居住地として発展し、明治時代後期に日本海の海運業が衰退すると、船舶の技術者や船員として引き続き海や船に関わる生業となり集落が維持されました。門前町黒島町は現在でも当時からの伝統的な町並みが残され名称「輪島市黒島地区」として国重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

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