穴切大神社: 楼門

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穴切大神社(山梨県・甲府市)

穴切大神社(山梨県・甲府市)概要: 穴切大神社は奈良時代成立前後に当時の甲斐国司により創建された伝わる古社で、甲斐盆地の開拓伝説を継承している神社で、水没していた盆地から水抜きに尽力した蹴裂明神、穴切明神、瀬立不動の3神を祭るようになったと伝えられています(境内周辺からは縄文時代の遺跡が発見されている事から、伝説のような水抜きがあったとしたら遥か古代の出来事が口伝により伝えられてきたとも考えられます)。以来、歴代領主からも信仰の対象となり社領の寄進や社殿の営繕工事など篤い庇護を受けています。平安時代中期に成立した延喜式神名帳で記載されている黒戸奈神社は穴切大神社の事と推定され、当時から格式の高い神社として中央にも知られていたと思われます。江戸時代に入ると甲府城の城主、城代、甲府勤番から庇護されています。穴切大神社本殿は安土桃山時代の建物で一間社流造、檜皮葺、国指定重要文化財、穴切大神社随神門は江戸時代後期の寛政6年(1794)に造営、三間一戸、入母屋、銅板葺き、八脚楼門、外壁は真壁造り板張り、上層部高欄付、下層部随神安置、棟梁は竹下源蔵、彫刻は和四郎富棟、棟札3枚と共に甲府市指定有形文化財に指定されています。 下山大工である竹下源蔵の実績としては穴切大神社の楼門の他、寛政9年(1797)に本国寺(山梨県見延町)の山門、寛政5年(1793)に旧伊勢神明宮本殿(山梨県市川三郷町)も手掛けています。和四郎富棟は立川流初代の名工として知られ諏訪大社下社秋宮幣拝殿などを手掛けています。

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