甲斐善光寺: 楼門

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甲斐善光寺(山梨県・甲府市)

甲斐善光寺(山梨県・甲府市)概要: 甲斐善光寺は室町時代末期の永禄元年(1558)に武田信玄(躑躅ヶ崎館の城主)により創建された寺院で、長野善光寺(長野県長野市)から本尊や寺宝が移されたとされ、その際、長野善光寺の鏡空上人が本願主となり別当職である栗田永寿も当地に移り住みました。武田家の庇護は篤く、山門前には計画的な門前町が町割りされ元亀年間(1570〜1573年)まで堂宇の造営が続けられました。天正10年(1582)に武田家が滅亡すると善光寺の境内は処刑場として利用され、武田家の多くの家臣が処刑されています。その後は歴代領主から庇護され徳川家康や羽柴秀勝、加藤光泰、浅野幸長などの寄進状が残されています。一方、善光寺の本尊は周辺の大名にとって特別な存在だったようで、上杉謙信や豊臣秀吉、織田家、徳川家康も所有が移っています。甲斐善光寺は江戸時代に入ると徳川将軍家から庇護され浄土宗甲州触頭の格式を得ています。甲斐善光寺本堂は江戸時代後期に建てられたもので国指定重要文化財、山門は江戸時代中期(明和4年:1767年上棟)の建物で、五間三戸、十二脚楼門、上層部には花頭窓、高欄付、内部に仏壇設置、下層部には未完成とされる仁王像安置、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ木部朱塗り、桁行16.88m、梁間6.75m、軒高15m、国指定重要文化財に指定されています。

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