大善寺: 楼門

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大善寺(山梨県・甲州市)

大善寺(山梨県・甲州市)概要: 大善寺は奈良時代に行基菩薩により創建されたと伝わる寺院で、伝承にによると行基が当地で修行した際に薬師如来が出現し、それを模した仏像を彫刻し本尊として安置したと伝えられています。その姿はブドウを抱えている事から「ぶどう寺」の異名があり当地域の特産物であるブドウの関係者から篤く信仰されています。平安時代は甲斐国の実力者だった三枝氏の氏寺として庇護され康和5年(1103)には経筒が奉納されています。鎌倉時代には幕府の庇護が篤く正応4年(1291)には棟別銭を課して、現在の本堂(薬師堂・国宝)が造営されています。戦国時代に入ると領主である小山田家が庇護し度々参拝に訪れています。武田家とも関係が深く、天文19年(1550)に武田信玄(躑躅ヶ崎館の城主)が本堂(薬師堂)の修築を行い、武田勝頼が天目山に逃れる際に大善寺に戦勝祈願をする為に立ち寄り、その時の様子が「武田滅亡記(理慶尼記)」にまとめられています。大善寺山門は三間一戸、八脚二重楼門、入母屋、銅板葺(下屋庇:銅板葺)、外壁は真壁造り板張り、上層部高欄付、下層部仁王像安置、「柏尾山」の山号額、棟梁は土橋文蔵茂祇、山梨県指定文化財に指定されています。土橋文蔵茂祇は下山大工で大善寺楼門の他、寛政3年(1793)には諏訪神社本殿(山梨県甲州市大和初鹿野)、文政3年(1820)には三嶋神社本殿(甲州市大和初鹿野)を手掛けています。甲斐百八霊場18番霊場。名刹巡礼 古寺100選

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