恵林寺: 楼門

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恵林寺(山梨県・甲州市)

恵林寺(山梨県・甲州市)概要: 恵林寺は鎌倉時代末期に二階堂出羽守貞藤(甲斐牧ノ庄地頭職)が開基、夢窓疎石が開山し創建された名刹です。室町時代には甲斐国守護職武田家の庇護により関東準十刹に選定されるなど寺運が隆盛し、甲斐国の臨済宗寺院の中心的な存在となりました。戦国時代には武田信玄(躑躅ヶ崎館の城主)が篤く帰依していた快川紹喜を招いて寺領300石を寄進しています。信玄が京都に上洛途中で死去すると菩提寺として当寺に埋葬され天正4年(1576)に葬儀が営まれています。天正10年(1582)に織田、徳川両軍に敗れた武田勝頼が自刃すると恵林寺も攻められ快川紹喜は三門(楼門)に立て籠もった上に「心頭滅却すれば火も自涼し」の言葉を残した後、火を放たれ焼失しています。その後、領主となった徳川家康により再興され雲巌寺(栃木県大田原市)に逃避していた末宗瑞曷に命じて境内が整備されています。江戸時代中期に柳沢吉保が甲府藩(本城:甲府城)主に就任すると、堂宇の修繕が行われ、柳沢家の菩提寺である永慶寺が廃寺になると恵林寺境内へ改葬されています。現在の三門は安土桃山時代に造営されたもので、入母屋、檜皮葺、一間一戸、四脚楼門、外壁は真壁造り板張り、上層部高欄付、門の柱には「安禅不必須山水」と「滅却心頭火自涼」の額、三門の意味は三解脱門とされる空門・無相門・無願門の3つ門の意味が由来になっているそうです。恵林寺楼門は山梨県指定文化財に指定されています。名刹巡礼 古寺100選

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