法泉寺: 楼門

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法泉寺(山梨県・甲府市)

法泉寺(山梨県・甲府市)概要: 法泉寺は南北朝時代に当時の甲斐守護職である武田信武が自らの菩提寺として月舟禅師を招いて創建した寺院です。月舟禅師は法泉寺の開創に尽力したものの、師である夢窓国師を開山一世とし自分は2世に留めています。その後、衰退しましたが戦国時代に武田信玄(躑躅ヶ崎館の城主)が堂宇の整備や寺領の寄進が行い快岳周悦和尚を招き中興開山し甲府五山に選定されました。天正10年(1582)に織田、徳川連合軍に敗れた武田勝頼が自刃し、京都六条河原にさらし首となると法泉寺3世快岳禅師は首級(又は歯髪)をもらい受け境内に手厚く葬られています。その後は武田勝頼の菩提寺として徳川家が庇護し、37貫5百文の寺領が安堵され、江戸時代には54石、末寺26ケ寺を擁する大寺院となりました。文政13年(1830)の勝頼250回忌の際には甲冑姿の肖像が奉納されています。法泉寺楼門は江戸時代初期の寛永14年(1637)に4世大器禅師によって建てられた建物で、入母屋、桟瓦葺(鯱付)、一間一戸、四脚鐘楼門(元々の梵鐘は明治時代初期に吹き荒れた廃仏毀釈運動によって失われています)、外壁は真壁造り板張り、上層部は柱のみの吹き放し、高欄付、甲府市指定文化財に指定されています。境内に建立されている武田信武之墓(戒名:清浄院殿雪山照公大禅定門)、武田勝頼之墓(戒名:法泉寺殿泰山安公大居士)は甲府市指定史跡に指定されています。

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