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 神社山門: 堂山王子神社

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堂山王子神社

堂山王子神社(福島県田村市船引町)
【 概 要 】−堂山王子神社は大同2年(807)に坂上田村麻呂が創建したと伝わる神社です。古くから神仏習合し、堂山王子神社境内には旧仁王門と思われる神社山門(内部には青色に塗られた仁王像と木造神馬が安置されています)が建立されています。本殿は別当寺院だった堂山寺の観音堂だった建物で、室町時代中期の御堂建築の遺構として大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。仙道三十三観音第7番札所でもあります。

【 場 所 】−福島県田村市船引町門沢東ノ前

【 構 造 】−切妻、銅板葺、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−堂山王子神社をはじめ、東北地方には坂上田村麻呂縁の社寺が夥しく存在します。確かに、坂上田村麻呂は蝦夷討伐の為、征夷大将軍に就任し陸奥国に赴いた事実はありますが、一度も訪れた史実の無い秋田県や青森県が逆に多くある印象を受けます。福島県ではその伝説の多さから地名である「田村」や、後裔を自称し戦国大名化した田村氏などが存在し、堂山王子神社には坂上田村麻呂が大多鬼丸を討伐しする為に祈願したとの伝説が伝えられ身近な存在だった事が窺えます。

大多鬼丸は現在の福島県田村市と双葉郡川内村との境界に聳える大滝根山に築かれた白銀城を拠点とする豪族、又は蝦夷の首魁とされる人物で、当初は善政を行い多くの民は幸せに暮らしていたそうです。しかし、大和朝廷から領土の割譲と奴隷の献上を命じられた為、敗北を覚悟しつつも民を救う為に挙兵、報告を受けた桓武天皇は怒り狂い、坂上田村麻呂に討伐を命じました。坂上田村麻呂は大軍を率い大滝根山に侵攻し、大多鬼丸は白銀城に立て籠もり、妖術を使って激しく抵抗したものの、激戦むなしく白銀城は落城し、財宝を鬼穴に隠して仙台平、又は紀州熊野に退いたと伝えられています(鬼穴で自害したとも、仙台平で討たれたとも)。

福島県の神社山門
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