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 神社山門: 二本松神社

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二本松神社

二本松神社(福島県二本松市本町)

二本松神社(福島県二本松市本町)

【 概 要 】−二本松神社は久安年間(1142〜1151年)に安達盛長によって創建された神社です。中世は周辺を支配した畠山氏によって庇護され、江戸時代に入ると二本松藩の藩主となった丹羽氏の崇敬社となり、領内総鎮守という格式を得ています。安達氏は熊野大社、畠山氏は八幡神社を勧請した為、境内には2社が並列して祀られていましたが明治時代以降に二本松神社となっています。例祭である「二本松の提灯祭り」は江戸時代初期から続く伝統ある行事で、日本三大提灯祭りに数えられ福島県指定無形民俗文化財に指定されています。

【 場 所 】−福島県二本松市本町1丁目

【 構 造 】−入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚単層門・切妻、銅瓦棒葺き、一間一戸

【 備 考 】−二本松神社を創建したという安達藤久郎盛長は保延元年(1135)に生誕したとされる説が有力で、創建当時は幼少で当地の地頭だったとの記録もありません。一般的には盛長は兄とされる藤原遠兼の領地である武蔵国足立郡に出身とされ地名に因み「足立」姓を名乗り、源頼朝が伊豆に流された時から頼朝の側近として従い、文治5年(1189)の奥州合戦の功により陸奥国安達郡を与えられ「安達」姓を名乗ったとされる為、もし、盛長が二本松神社を創建したとすれば文治5年(1189)以降、由緒の創建年が正しければ、盛長以外の人物により創建された事になります。全く関係がないかも知れませんが、藤原宗忠が寛治元年(1087)から保延4年(1138)にかけて筆した日記である「中右記」の大治五年(1131)十二月二日条によると「女院熊野詣御門出」が行われ、それに参加した鳥羽院武者所の「侍」として遠兼の名前が見られる事から、その遠兼は足立遠兼とする説があります。この時に遠兼が熊野信仰に帰依するようになり、その影響を受けた盛長が文治5年(1189)以降に安達郡が与えられた際に熊野神が勧請されたとも考えられます。

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