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 神社山門: 古殿八幡神社

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古殿八幡神社

古殿八幡神社(福島県石川郡古殿町)
【 概 要 】−古殿八幡神社は康平7年に源頼義、源義家の親子により創建された古社です。竹貫郷13カ村の総鎮守として歴代領主から崇敬庇護され、社領の寄進や社殿の造営が繰り返されました。江戸時代に入ると棚倉藩主内藤家から庇護され寛永6年(1609)には社殿の造営が行われています。別当は鎌倉時代に当地の地頭職として廃された竹貫氏で、竹貫領主から没落した後も八幡宮に別当として祭祀を司りました。例祭である笠懸・流鏑馬は古式を伝える貴重な行事として福島県指定重要無形民俗文化財に指定されています。

【 場 所 】−福島県石川郡古殿町山上古殿

【 構 造 】−寄棟、鉄板葺、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−古殿八幡神社の別当を担った竹貫氏の出生は不詳ですが、平安時代末期に当地の領主だった福田三郎広成が領地である竹貫郷の地名に因み「竹貫」姓に改めたとされます。一方、長く石川郡周辺を支配した石川氏に伝わる「石川系図」によると石川家3代当主石川基光の3男季康が竹貫郷を与えられ「竹貫」姓に改めたとされます。又、石川家18代当主石川義光の弟である光宗が竹貫家を継いで一族衆に列したとの説もあり、何れにしても鎌倉時代から室町時代にかけては竹貫氏は石川家に仕えるような形で当地を支配していた事が窺えます。戦国時代の天文10年(1541)頃には既に竹貫氏は岩城氏の家臣になったと見られ、岩城重隆に命じられ佐竹氏と白川氏の領地の調停を行っています。天正18年(1590)の小田原合戦の際には主家である岩城常隆と共に参陣を果たし領地が安堵されたものの、岩城家領内の富岡に移封となり完全に家臣化されたようです。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの戦いでは岩城貞隆が佐竹氏から養子だった事から佐竹氏に従い東西中立を保った為に改易となり竹貫氏も連座した格好となっています。慶長9年(1604)徳川家の家臣で後に尾張藩に附家老(犬山城の城主)となった成瀬正成の尽力により竹貫領3千石が認められ一時復権を果たしたようですが、竹貫隆宗が慶長15年(1610)に死去すると改易となり没落しています。古殿八幡神社の別当である竹貫氏は上記の竹貫家の一族で、本家である竹貫家が没落後も当地に留まり別当職を引き続き担ています。

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