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 神社山門: 桙衝神社

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桙衝神社

桙衝神社(福島県須賀川市)
【 概 要 】−桙衝神社は日本武尊により創建された古社で、格式も高く延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載されていました。岩瀬郡の総鎮守として歴代領主からも崇敬庇護され社領の安堵や社殿の造営が行われてきました。本殿は慶安元年に再建された古建築物で福島県指定文化財に指定されています。境内には随神門(神社山門)が建立されているなど神仏習合時代の名残が感じられます。

【 場 所 】−福島県須賀川市桙衝

【 構 造 】−切妻、銅板葺、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−桙衝神社が境内を構える亀居山は神居山が転じたとも云われ信仰の山としてしても知られています。中腹から山頂にかけては奇岩怪石が点在し、山頂付近には要石と呼ばれる磐座があり、古墳時代後期の6世紀後半から7世紀初期にかけての祭祀施設だったとされます。陸奥国一宮とされる都々古別神社の御神体である立鉾山の祭祀施設は5世紀頃なので、その後、大和王権の版図が広がり当地も勢力下に入った事が窺えます。養老2年(718)に陸奥国内にあった現在の福島県中通りと会津地方の5郡から構成する石背国が立国すると、上人壇廃寺跡(福島県須賀川市上人壇:国指定史跡)付近に国府が置かれたと目される事から、同じ磐瀬郡唯一の式内社である桙衝神社が国の祭祀で重きを成した可能性があります。資料的価値が疑問視されている「先代旧事本紀」の「国造本紀」によると「石背国造は成務朝の御世に、建許侶命の子の建弥依米命を国造に定められた。」とあり、建許侶命は「常陸風土記」と「国造本紀」によると茨城国造の祖とされる事から建弥依米命は常陸国(現在の茨城県)出身だった可能性が高いと思われます。桙衝神社の伝承では養老2年(712)に建御雷命を勧請されたと伝えられており、年号的には前後するものの、建弥依米命が石背国造に就任し、当地に赴任した際に出身国である常陸国一宮の鹿島神宮(茨城県鹿嶋市宮中)祭神の建御雷命を磐瀬郡で一番格式の高い桙衝神社に勧請し奉斎したとも考えられます。石背国は最大神亀5年(728)に廃国となり陸奥国に復しましたが、桙衝神社は郡内の総鎮守として長く信仰を集めました。

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