福井県の楼門建築1

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名 称
内   容
場  所
・称名寺○称名寺は佐々木三郎盛綱が開基となり創建されたと伝わる真宗高田派の寺院です。盛綱は源頼朝の側近で、特に備前国児島の藤戸の戦いでは、平家の有力武将である平行盛を奇策を講じて討つ取る大功を挙げていいます。ただし、称名寺は鎌倉時代後期頃に開かれたと推定される事から伝説の域を出ません。山門は江戸時代中期の建物で入母屋、桟瓦葺き、三間一戸、八脚楼門。

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・福井県
・福井市
・専照寺○専照寺は如導上人が創建した寺院です。室町時代中期に中興開山し現在の寺号である「専照寺」に改めています。室町時代末期には正親町天皇の勅願所になるなど寺運が隆盛し、江戸時代中期に現在地に境内を移しています。明治時代に入り新たな一派を形成し本山となっています。御影堂と絹本著色八祖九祖絵図は福井市指定文化財に指定されています。山門は入母屋、桟瓦葺、三間一戸、八脚楼門。

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・福井県
・福井市
・宝円寺○宝円寺は嘉慶2年に直伝正祖禅師によって創建された寺院です。戦国時代に領主となった前田利家に庇護され寺領の寄進や堂宇の造営が行われ、両親の供養塔が建立されています。その後は前田家の菩提寺として利家が七尾城に移ると七尾城下、金沢城に移ると金沢城下に宝円寺が創建されています。

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・福井県
・越前市
・成願寺○成願寺は延暦年間に創建された古寺です。正応3年に連阿澄心が天台宗から時宗に改め、永仁2年に粟田部から現在地に境内を移しました。戦国時代に一向宗との対立により堂宇が焼かれ荒廃しましたが、新たに領主となった佐々成政が菩提寺として再興しました。江戸時代中期には東山天皇の勅願寺として繁栄しました。

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・福井県
・越前市
・萬慶寺○萬慶寺は江戸時代中期に鯖江藩主となった間部詮言が間部家の菩提寺として創建した寺院です。享保10年に現在地に境内を移し、永平寺(福井県永平寺町)から承天禅師を招いて永平寺の末寺となり、現在の寺号に改称しています。本堂の天井画は鯖江藩7代藩主間部詮勝が描いたもので「風神図」、「龍神図」、「雷図」の3面は鯖江市指定文化財に指定されています。山門は江戸時代後期に造営されたもので入母屋、桟瓦葺、一間一戸、楼門形式、鯖江市指定文化財に指定されています。

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・福井県
・鯖江市
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福井県1称名寺専照寺宝円寺成願寺萬慶寺
福井県2三國神社妙海寺永建寺|円徳寺光明寺
福井県3開善寺須波阿須疑神社永平寺高成寺常高寺
福井県4長源寺明通寺徳賞寺諦応寺大成寺

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