福井県の楼門建築3

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名 称
内   容
場  所
・開善寺○開善寺は南北朝時代に小笠原家の菩提寺として創建された古寺です。開善寺は当初、信州松尾(長野県飯田市)に境内を構えていましたが、小笠原家が本拠地を移る毎に随行又は創建されました。当地には元禄4年(1691)に小笠原貞信が勝山藩主として入封した際に現在地に境内を構えました。以後、歴代勝山藩主の菩提寺として庇護され、領内の中心的な寺院として発展しました。初代小笠原貞信・2代信辰・3代信成・4代信胤・5代信房・6代長教・7代長貴・8代長守の墓碑が建立され勝山市指定史跡に指定されています。山門は入母屋、桟瓦葺、一間一戸四脚楼門。

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・福井県
・勝山市
・須波阿須疑神社須波阿須疑神社は平安時代に成立した延喜式神名帳に記載されていた古社です。諏訪大社の祭神と地主神の両方が祭られ池田郷48ヶ村の惣社として篤く信仰されました。本殿は延徳3年に造営された古建築で国指定重要文化財に指定されています。神門(神社山門)は江戸時代後期に建てられたもので切妻、銅板葺、三間一戸、八脚楼門、池田町指定文化財に指定されています。

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・福井県
・池田町
・永平寺○永平寺は鎌倉時代初期に波多野義重が道元禅師を招き創建した曹洞宗の総本山です。多くの名僧を輩出し寺運も隆盛しましたが、南北朝の兵乱や応仁の乱の兵乱などにより境内が荒廃しました。その後、越前国の守護職を担った朝倉氏の庇護や、天皇家から「日本曹洞第一道場」や「日本曹洞第一出世道場」、「日本曹洞の本寺並びに出世道場」の勅額や綸旨を受けて再び隆盛しました。江戸時代には福井藩の庇護を受け寺領70石が安堵されました。山門は江戸時代後期に建てられたもので入母屋、銅板葺、五間三戸、二重楼門、福井県指定文化財に指定されています。

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・福井県
・永平寺町
・高成寺○高成寺は南北朝時代に足利尊氏が、南北朝の動乱で犠牲になった人々の供養の為、全国各国一宇ずつ設けた安国寺の一つとして創建された寺院です。歴代若狭国守護に庇護され寺運も隆盛しましたが、戦国時代に入ると度重なる兵火により被害を受け衰微しました。江戸時代に入ると歴代小浜藩主の庇護により再び隆盛し、主に小浜藩の家老や上級家臣の菩提寺となりました。山門は入母屋、桟瓦葺、三間三戸、八脚楼門。

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・福井県
・小浜市
・小浜西組
・常高寺○常高寺は江戸時代初期に浅井三姉妹の次女である常高院が夫である京極高次の菩提を弔う為に創建した古寺です。寛永10年に常高院が死去すると菩提が葬られ常高院の菩提寺となりました。京極家が移封になった後も、歴代小浜藩主酒井家から庇護され、寺領300石が安堵されました。明治時代以降は庇護者を失い衰微し、さらに、火災などで本堂や山門が焼失しました。現在は由緒ある寺院の再興が行われ随時境内が整備されています。山門は入母屋、桟瓦葺、三間一戸、八脚2重楼門。

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・福井県
・小浜市
・小浜西組
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福井県1称名寺専照寺宝円寺成願寺萬慶寺
福井県2三國神社妙海寺永建寺|円徳寺光明寺
福井県3開善寺須波阿須疑神社永平寺高成寺常高寺
福井県4長源寺明通寺徳賞寺諦応寺大成寺

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