岩手県の楼門建築2

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名 称
内   容
場  所
・雄山寺○雄山寺は慶長3年(1598)に南部家の重臣で花巻城の城代である北松斎によって創建された寺院です。慶長18年(1613)に北松斎が死去すると雄山寺が菩提寺として葬られ、歴代北家によって庇護されています。寺宝も多く北松斎縁の甲冑や三つ葵の紋付の羽織、古文書などを所有しています。山門は入母屋、銅板葺、一間一戸、四脚楼門。本堂は入母屋、桟瓦葺、妻入、正面1間軒唐破風向拝付。境内には北松斎の墓碑が建立されています。当國(盛岡藩領:和賀郡・稗貫郡・紫波郡)三十三観音霊場25番札所。

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・岩手県
・花巻市
・願成寺○願成寺は至徳二年(1385)に竹内興田盛輔卿が開基となり正法寺の梅栄元香大和尚が開山したのが始まりとされる寺院です。江戸時代に入ると仙台藩主伊達家からも帰依され、往時は正法寺表五ヶ院筆頭職、曹洞宗大本山総持寺輪番地など格式が高く寺運も隆盛しています。山門は平成10年(1998)に造営されたもので、三間一戸、入母屋、本瓦葺、八脚楼門。江戸時代初期に一関藩主伊達家の菩提寺だった豊谷寺が併合され、本尊で、伊達宗勝の持仏だった薬師如来像も願成寺に遷され岩手県指定文化財に指定されています。

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・岩手県
・一関市
・泰養寺○泰養寺は永禄元年(1558)に創建されたのが始まりとされます。江戸時代に入ると、金ケ崎要害(城)の城主として当地に就任した大町家の菩提寺として庇護された寺領が安堵されています。山門は三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚楼門、境内がある金ケ崎町は重要伝統的建造物群保存地区(金ケ崎町城内諏訪小路重要伝統的建造物群保存地区)に選定されている優れた町並みが残されている町で、泰養寺山門(楼門)も含まれています。

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・岩手県
・金ケ崎町
・長安寺○長安寺は平安時代末期に創建されたとされる寺院で、気仙郡司の一族だった正善坊が出家し、比叡山延暦寺で修行後に長安寺を開山したと伝えられています。当初は天台宗の寺院でしたが、室町時代に入り真宗に改宗、往時は寺運が隆盛し境内には七堂伽藍されていましたが、戦国時代に火災により焼失しています。山門は寛政8年に造営されたもので、三間三戸、入母屋、銅板葺、八脚2重楼門、ただし、建材として禁止されていた欅材を無断使用し、高さも規定違反だった為、仙台藩主伊達家の逆鱗に触れ工事中止が命令された為、未完成のままとされます。

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・岩手県
・大船渡市
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岩手県1大乗寺天徳院全性寺円光寺本念寺
岩手県2雄山寺願成寺泰養寺長安寺
岩手県3洞雲寺浄土寺観音寺満蔵寺

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