泰養寺: 楼門

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泰養寺(岩手県・金ケ崎町)

泰養寺(岩手県・金ケ崎町)概要: 泰養寺は室町時代の永禄元年(1558)に高僧として知られる養雲寺(宮城県登米市登米町:江戸時代は登米伊達家の菩提寺)2世鶴庵全賀和尚によって創建されたのが始まりとされます。江戸時代に入ると、泰養寺は金ケ崎要害(城)の城主として当地に就任した大町家とその家臣の菩提寺として庇護され、寺領が安堵されています。大町家は仙台藩主伊達家の重臣で家格としては「一族」に列した一族である。特に祖となった大町兼頼(三河)は「伊達家臣二十四将」に数えられ、奉行などを歴任しました。寛永21年(1644)に大町元頼が2千石(最終的には3千石)で藤沢要害から入封すると代々大町家が金ケ崎要害領主を歴任しました。山門は三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚楼門、上層部外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、「小白山」の扁額が掲げられています。泰養寺の境内がある金ケ崎町は重要伝統的建造物群保存地区(金ケ崎町城内諏訪小路重要伝統的建造物群保存地区)に選定されている優れた町並みが残されている町で、泰養寺山門(楼門)も含まれています。境内には大町家歴代の墓碑の他、屋代五郎左衛門藤原重頼、及川氏(大町家家老)、山地本水与次右衛門などの墓碑が建立されています。

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