岩手県の楼門建築3

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名 称
内   容
場  所
・洞雲寺○洞雲寺は千葉盛綱が開基となり如玄大和尚により創建された曹洞宗の寺院です。ただし、真言宗の「元基院」が前身だったとも云われ、それが正しければ奈良時代まで遡る事になります(本尊である三尊仏の内、2躯が推古天皇と聖徳太子である事を根拠としています)。江戸時代初期の火災により多くの堂宇が焼失し衰微しましたが、地元の大富豪だった種子沢家が大檀那となり堂宇が再建されています。多くの堂宇は気仙大工が手掛けた技術的にも優れた建物で、中でも文化年間に造営された山門は中国風楼門である竜宮門で異彩を放っています。気仙三十三観音霊場21番札所。

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・岩手県
・大船渡市
・浄土寺○浄土寺は奈良時代に全国有数の産出量を誇った玉山金山の宗教施設として創建された寺院です。当初は天台宗の寺院でしたが、玉山金山の衰退に伴い、戦国時代に現在地に遷され浄土宗に改宗開山しています。又、浄土寺の檀家である島村家は石田三成の家臣として知られる島左近の後裔とされ、境内には左近のものと伝わる墓碑が建立されています。山門は三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚鐘楼門。三陸三十三観音霊場第20番札所。気仙三十三観音霊場第33番札所。

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・岩手県
・陸前高田市
・観音寺○観音寺は大同2年に坂上田村麻呂の副将である別府隼人が当地で病死し、その菩提を弔う為に塚を築き、観音堂を造営したのが始まりとされます。戦国時代には別当寺院だった西光寺が別所に移った為に荒廃しましたが、江戸時代に入ると閑董院宥健法印が現在地に再興し観音寺として開山しています。山門は江戸時代に造営されたもので、三間一戸、入母屋、スレート葺き、八脚楼門。気仙三十三観音第七番札所。三陸三十三観音第二十二番札所。伝虚空蔵菩薩、木造六臂十一面観音菩薩立像、伝毘沙門天、漆絵曳馬絵馬は岩手県指定文化財。

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・岩手県
・陸前高田市
・満蔵寺○満蔵寺が何時頃から開かれたのかは不詳ですが、中世当地を支配した世田米城の城主阿曽沼重範の菩提寺でした。山門は元治元年(1864)に造営されたもので三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門、大工棟梁は気仙大工である松田大五郎。住田町は気仙大工発祥地とも云われ、江戸時代末期の気仙大工による楼門建築の遺構として貴重な存在です。気仙三十三観音霊場第14番札所。

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・岩手県
・住田町
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岩手県1大乗寺天徳院全性寺円光寺本念寺
岩手県2雄山寺願成寺泰養寺長安寺
岩手県3洞雲寺浄土寺観音寺満蔵寺

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