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 神社山門: 加知弥神社

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加知弥神社

加知弥神社(鳥取市鹿野町)
【 概 要 】−加知弥神社は平安時代中期に成立した延喜式神名帳に列記された式内社の1つです。勝宿大明神と呼ばれていた事から、戦に勝利するに通じる事から特に武将から信仰されました。江戸時代に入ると鳥取藩主池田家から庇護され社領39余石が安堵されています。社宝が多く、吉川元春の祈願状が鳥取県指定文化財、伝:亀井茲矩筆跡と伝:松平輝澄筆跡、池田光仲寄進状が鳥取市指定文化財に指定されています。

【 場 所 】−鳥取県鳥取市鹿野町寺内

【 構 造 】−切妻、銅板葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−元々は因幡国気多郡勝見郷の宿村に創建されたと推定され、周辺には「勝」の字が付く地名が点在している事から渡来系氏族である秦氏の一族とされる勝部氏(勝氏)と関係が深い神社だったと思われます。長く「勝宿大明神」と呼ばれたのはその名残とされますが、中世までの詳細が判らない為に推測の域を出ないようです。その後に神官になった飯田氏は居館があったと思われる「飯田の森」に遷座し引き続き当地の信仰の中心的な存在を維持し、飯田家には古文書や系図などが、中でも飯田秀雄、年平は江戸時代の歌人、鳥取藩国学方、 国学者 として知られその歌集なども残されているようです(加知弥神社の境内には石碑も建立されています)。当地に加知弥神社が遷座した年代も不詳ですが元々当地には別当寺院だった宝照寺があった所でもあり寺内集落の薬師堂付近には塔礎とされる礎石や奈良時代後期の瓦が発見されている事から壮大な寺域があったとされ、字名である「寺内」はその名残とも云われています。

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