鳥取県の神社山門2

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名 称
建築年
内   容
場 所
備 考
・田内神社 田内神社は南北朝時代に伯耆守護を担っていた山名時氏により創建された神社です。境内一円は伯耆国の守護所である田内城の城域だった事からも山名氏の崇敬が篤かったと思われます。又、城下町も伯耆国の中心地として大きく栄えましたが守護所が打吹城に移ると衰退し、当地区の鎮守として信仰されました。社叢は「田内神社の森」として倉吉市指定の保存林に指定されています。・鳥取県
・倉吉市
 
・波波伎神社 波波伎神社が何時頃から祀られていたのは判りませんが、伯耆国の国府に程近くに鎮座し伯耆国の総氏神として崇敬された神社です。格式も高く貞観9年に正五位上に格付けされ、平安時代中期に成立した延喜式神名帳に式内社として記載されていました。明治時代以降、伯耆二の宮を称するようになり、昭和に入り県社に列しています。境内には鳥取県指定史跡に指定されている福庭古墳が築造されているなど古墳時代から聖地だった場所で、神域として保護されていた事で巨木、古木が多く国指定天然記念物に指定されています。・鳥取県
・倉吉市
 
・逢坂八幡神社 逢坂八幡神社は貞観7年に九州の宇佐八幡宮の祭神を祀る為に創建された神社です。当初は周辺の大社として知られ広大な社領を領し、神官や社僧を数多く擁していましたが応仁の乱などの兵乱に巻き込まれ次第に衰微しました。戦国時代に入ると領主となった尼子氏、江戸時代には鳥取藩主が庇護し社領が安堵されました。明治時代の神仏分離令後に郷社となり大正時代に入り社号を「逢坂八幡神社」に改称しています。随神門(神社山門)は切妻、銅板葺、三間一戸、八脚単層門。・鳥取県
・大山町
 
・大神山神社・安政4年大神山神社奥宮は養老2年に俊方と名乗る人物によって創建された神社です。創建時には寺院でしたが、境内地である大山は古くから霊山として信仰の対象になっていた事から、大山を御神体とする神仏習合の信仰形態となりました。格式が高く、平安時代中期に成立した延喜式神名帳では式内社として記載され伯耆國二宮に格付けされ最盛期には100余ヵ寺の末寺、支院を擁する大寺院(大社)となり大きく発展しました。戦国時代に入ると領主となった尼子氏や毛利氏、江戸時代には鳥取藩主である池田家が崇敬庇護し、社領の寄進や社殿の造営が繰り返されました。明治時代の神仏分離により智明権現から現在の社号である大神山神社に改称し国幣小社に列格しました。・鳥取県
・大山町
県指定
・富長神社 富長神社は何時頃から祀られてきたのかは判りませんが、当地域の鎮守として信仰されてきました。境内は南北朝時代に南朝の主要な武将だった名和氏の家臣とされる荒松氏の居城富長城跡で戦国時代に落城し廃城になるまで当地の拠点として機能していました。明治時代以前は龍王大明神と呼ばれていましたが、神仏分離令により現在の社号である「富長神社」に改めています。・鳥取県
・大山町
 
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