鳥取県の神社山門3

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名 称
建築年
内   容
場 所
備考
・名和神社 名和神社は江戸時代初期に南朝方の有力武将だった名和長年を祭る祠を旧名和邸跡に設けて創建した神社です。鳥取藩主池田家も崇敬し、近くに鎮座していた山王権現の境内に遷座し正式に祭られるようになりました。明治時代に入ると、建武の新政、南北朝動乱で南朝方に味方した貴族や武将などを祭る神社を最大限に尊重した事から別格官幣社に格付けされました。・鳥取県
・大山町
 
・倭文神社 倭文神社が何時頃から祭られているのか判りませんが古くから格式の高い神社として知られ、平安時代に成立した延喜式神名帳に式内社として記載され少なくとも平安時代後期には伯耆国一宮に格付けられていました。最盛期には社領1千石を領していましたが、室町時代中期頃には荒廃し、戦国時代に領主となった尼子氏が再興し社領70石を安堵しています。江戸時代には鳥取藩主池田家から社領を安堵され江戸時代中期には神輿渡御も再興されています。昭和に入り国幣小社に格付けされています。・鳥取県
・湯梨浜町
 
・粟嶋神社 粟嶋神社の境内地である「粟嶋」は伯耆風土記逸文でも記載されている由緒ある場所で、「米子」の地名の由来にもなったとも云われています。神功皇后や後醍醐天皇なども参拝に訪れ、江戸時代には歴代鳥取藩主から庇護されました。又、名勝、景勝地としても知られ「粟嶋秋月」として米子八景にも数えられ、米子市指定名勝に指定されています。境内一帯は古来からの自然環境が残され鳥取県指定天然記念物に指定されています。・鳥取県
・米子市
 
・宗形神社 宗形神社が何時頃から祭られているのかは判りませんが、古代の氏族である宗像氏が当地を開発した際に、氏神として信仰していた宗像三女神を祭るようになったと考えられています。境内周辺には古墳も点在し古くから神聖視されていた事が窺えます。格式が高く、平安時代中期に成立した延喜式神名帳に式内社として列格し伯耆国三宮に格付けされました。中世以降は歴代領主となる、尼子晴久や吉川元春、中村一忠、江戸時代には鳥取藩主池田家や米子自分手政治の荒尾氏が庇護し社運も隆盛します。明治時代以降に現在の社号である「宗形神社」に改称し郷社に列格しています。・鳥取県
・米子市
 
・勝田神社 勝田神社は弓ヶ浜を開発した勝田四郎、又は弓ヶ浜に巣食った賊徒を討ち滅ぼした津和野出身の勝田上総介を祭る為に創建されたと伝わる古社で、古くから弓ヶ浜の総産土神として信仰されてきました。米子城が築かれると、城の北東にあたる現在地に鎮座し鬼門鎮守として歴代城主から崇敬庇護されました。・鳥取県
・米子市
 
・蚊屋島神社 蚊屋島神社が何時頃から祭られているのかは不詳ですが、一説には平安時代に成立した六国史の1つ「日本三大実録」で天照高日女神と記載されているのは蚊屋島神社の事とも云われています。又、祭神の2柱から伊勢系と出雲系の2つの系統の神社が合併したとも云われています。古くから当地域の鎮守として歴代領主から庇護され社領の寄進や社殿の造営さなどが随時行われ社運も隆盛しました。・鳥取県
・日吉津村
 
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鳥取県1樗谿神社(鳥取東照宮)加知弥神社若桜神社若桜弁財天御湯神社
鳥取県2田内神社波波伎神社逢坂八幡神社大神山神社奥宮富長神社
鳥取県3名和神社倭文神社粟嶋神社宗形神社勝田神社蚊屋島神社

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