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神社山門: 多田神社 |
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多田神社
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【 概 要 】−多田神社は平安時代後期に源満仲が創建した神社です。源満仲の子供達は全国に配されそれぞれ独立した大きな勢力となった為、当地は源氏発祥の地とも呼ばれ、源氏一族から崇敬庇護されました。江戸時代に入ると源氏の一族である新田家出身を自称する徳川将軍家から崇敬庇護され、4代将軍徳川家綱は社殿を造営しています。
【 場 所 】−兵庫県川西市多田院多田所町 【 構 造 】−切妻、本瓦葺、三間一戸、八脚単層門・切妻、本瓦葺、三間一戸、八脚単層門・切妻、本瓦葺、一間一戸、高麗門・切妻、本瓦葺、一間一戸、高麗門 【 備 考 】−多田神社の祭神である源満仲は六孫王経基の嫡男として生まれ多田源氏の祖と呼ばれる人物です。村上天皇の鷹飼などを担い、安和2年(969)に発生した安和の変の際には当時の皇太子である守平親王(後の円融天皇)を廃太子にしようとする動きを察した満仲が密告し、その功により正五位下に昇格しています。その後は藤原摂関家に従い、左馬権頭、治部大輔、鎮守府将軍などの要職を歴任し地位を確立し摂津国に土着するようになります。ある時、住吉大社(大阪市住吉区)で参拝すると神託があり、それに従い多田盆地(多田荘:現在の兵庫県川西市多田)に本拠を移し勢力を拡大し、寛和元年(986)に発生した花山天皇退位事件にも花山天皇方で大功があった藤原道兼に協力した事から重要視されるようになっています。その後、出家し多田神社の前身である多田院を創建し長徳3年(997)に死去すると境内に葬られています。
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