群馬県の楼門建築1

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名 称
内   容
場  所
・光厳寺○光厳寺は総社藩の初代藩主秋元長朝が亮應を招いて創建した寺院で、歴代秋元家の菩提寺です。寛永10年に秋元家は移封となり当地を離れましたが、光厳寺は当地に留まりました。しかし、秋元家の菩提寺としては変わらず、境内に隣接する宝塔山古墳には秋元家の墓碑が建てられ前橋市指定史跡に指定されています。楼門は文化年間に造営されたもので、三間一戸、入母屋、銅瓦棒葺、正面軒唐破風、上層部花頭窓付、外壁は朱塗りで特徴ある景観を作り出しています。

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・群馬県
・前橋市
・龍海院○龍海院は享禄年間に松平清康(江戸幕府初代将軍徳川家康の祖父)が模外惟俊大和尚を招いて創建された寺院です。その後、徳川家の家臣酒井家歴代の菩提寺となり、江戸時代に入り酒井家が前橋藩(本城:前橋城)の藩主として入封すると前橋に境内を移しています。寛延2年(1749)、酒井家は姫路藩に移封になりましたが、龍海院は当地に留まり引き続き酒井家の菩提寺として庇護され続けました。境内には建立されている酒井家歴代の墓碑は前橋市指定史跡に指定されています。山門は文政年間に造営されたもので三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門。

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・群馬県
・前橋市
・鳳仙寺○鳳仙寺は由良成繁が金山城を退き、桐生城を隠居城として整備した際に仏広常照禅師を召還し創建した寺院です。天正18年に由良氏が当地を離れると、新たな領主となった徳川家から庇護され、江戸時代中期には曹洞宗別格地(常法幢)の格式が認められています。本堂背後の墓地には由良成繁の墓碑が建立され桐生市指定史跡が指定されています。楼門は宝永元年に造営されたもので、三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門、桐生市指定重要文化財に指定されています。

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・群馬県
・桐生市
・天増寺○天増寺は稲垣長茂が歴代稲垣家の菩提寺として創建した寺院です。元和2年に稲垣家は移封となり当地を離れましたが、天増寺は留まり引き続き菩提寺として庇護が続き、境内に建立された稲垣家墓碑は伊勢崎市指定史跡に指定されています。山門は嘉永5年に造営されたもので三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門。

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・群馬県
・伊勢崎市
・福増寺○福増寺は暦応3年に開山した古寺で、江戸時代には4代将軍徳川家綱から寺領が寄進され寺運が隆盛しています。山門は三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門。

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・群馬県
・渋川市
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群馬県1光厳寺龍海院|鳳仙寺天増寺福増寺
群馬県2雙林寺空恵寺水沢寺林昌寺泰寧寺
群馬県3榛名神社迦葉山弥勒寺穴原薬師堂玉村八幡宮貫前神社
群馬県4長楽寺正法寺仁叟寺長学寺善導寺吉祥寺

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