群馬県の楼門建築2

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名 称
内   容
場  所
・雙林寺○雙林寺は宝徳2年(1450)に白井城(白井宿)の城主長尾景仲が月江正文禅師を招いて創建された寺院です。当時の長尾家の勢力は強大でその庇護により寺運が隆盛、最盛期には2千人の修行僧が集まったとも云われています。江戸時代に入ると徳川将軍家から庇護され、将軍の交代時には「城固めの法問」が行われました。山門は五間一戸、入母屋、銅板葺、2重楼門、入口上部には小僧の彫刻が施され雙林寺の七不思議の1つとなっています。

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・群馬県
・渋川市
・空恵寺○空恵寺は大同元年(806)に平安時代の天台宗の高僧として知られた伝教大師最澄により創建された寺院です。文永7年(1270)に白井城の城主長尾家が華厳禅師を召還し長尾家の菩提寺として中興開山しています。戦国時代に長尾家が没落するまで庇護が続き、領内を代表する寺院として発展しました。江戸時代に入ると徳川将軍家から寺領が安堵されています。境内には長尾家歴代の墓碑が建立され渋川市指定史跡に指定されています。山門は江戸時代中期の元禄年間に造営されたもので、三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚楼門、群馬県指定重要文化財に指定されています。

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・群馬県
・渋川市
・水沢寺○水沢寺(水澤観音)は推古天皇の御代に当時の上野国(現在の群馬県)の国司を担った高光中将が高麗(朝鮮半島)出身の高僧として知られた恵潅僧正を招いて創建されました。本尊は高光中将の后である伊香保姫が継母から殺されたそうになった際に命を助けたと伝わる古仏で子宝・安産・子育に御利益があるとして信仰の対象となりました。戦国時代に火災により度々堂宇が焼失し荒廃しましたが、江戸時代に入ると幕府の庇護により寺運が隆盛しました。特に江戸時代中期以降に民衆の行楽嗜好が高まり、伊香保温泉に湯治と共に数多くの参拝者が訪れました。山門は天明7年(1787)に造営されたもので、三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚楼門、渋川市指定文化財に指定されています。坂東三十三観音霊場第16番札所。

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・群馬県
・渋川市
・林昌寺○林昌寺は平安時代に長馨和尚によって創建された古寺です。戦国時代には矢沢薩摩守頼綱(真田幸隆の弟)が林昌寺の地蔵菩薩が身代わりになった事から篤く帰依、江戸時代初期には沼田藩主となった真田家から寺領が安堵されています。山門は江戸時代中期の元文年間に造営されたもので、三間一戸、入母屋、鉄板葺き、八脚楼門。

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・群馬県
・中之条町
・泰寧寺○泰寧寺は延慶2年(1309)に創建された寺院で、戦国時代に三峰山玉泉寺8世の洞庵文曹和尚が天台宗から曹洞宗に改宗開山しています。その後、遠州三山に数えられた名刹、遠州可睡斎から秋葉三尺坊大権現の分霊が勧請され、以来、火防に御利益があるとして信仰されました。山門は安永4年(1775)に造営された古建築物で三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚楼門、群馬県指定文化財に指定されています。

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・群馬県
・みなかみ町
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群馬県1光厳寺龍海院|鳳仙寺天増寺福増寺
群馬県2雙林寺空恵寺水沢寺林昌寺泰寧寺
群馬県3榛名神社迦葉山弥勒寺穴原薬師堂玉村八幡宮貫前神社
群馬県4長楽寺正法寺仁叟寺長学寺善導寺吉祥寺

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