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 神社山門: 祇園八坂神社

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祇園八坂神社

祇園八坂神社(宮城県大崎市古川)
【 概 要 】−祇園八坂神社は坂上田村麻呂が東夷東征の戦勝祈願したのが始まりとされる古社です。その後は歴代領主から庇護され志田郡の総鎮守として信仰されました。

【 場 所 】−宮城県大崎市古川中島町

【 構 造 】−入母屋、桟瓦葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−祇園八坂神社は平安時代初期に坂上田村麻呂が東征するに当たり、素戔雄神に平定祈願を行い、見事勝利するとその神徳が顕著な事に深く感謝し、凱旋時に当地に差し掛かった際に国家安泰を祈って素戔雄神を勧請し社殿を造営したとの由緒を持っています。上記の由緒が何時頃に成立したのかは判りませんが、安永年間(1772〜1781年)に仙台藩が領内の村々の詳細を纏めた「安永風土記」にも同様の記載があり、少なくとも江戸時代中期には成立していた事が窺えます。その後戦乱の兵火などにより荒廃したようですが、平安時代中期には平将門の乱を平定し下野守となった藤原秀郷が当時の神官で行者だった三神安秀に命じ武運を祈願させると、御告げがあり、それに従い櫛稲田姫命、大歳神、御歳神、若歳神の分霊を勧請合祀し社殿を造営し再興したそうです。藤原秀郷は下野守だけでなく、武蔵守、鎮守府将軍も兼任し、鎮守府将軍は多賀城(宮城県多賀城市)に設置された鎮守府の長官でもある事から全く関係が無い訳でもなさそうです。又、祇園八坂神社は日本三祇園を自称しているようですが、日本三祇園を調べると八坂神社(京都府京都市東山区祇園町)と沼名前神社(広島県福山市鞆浦町)、宍喰八坂神社(徳島県海部郡海陽町)とされます。

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