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 神社山門: 斗蔵神社

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斗蔵神社

斗蔵神社(宮城県角田市小田斗蔵)
【 概 要 】−斗蔵神社は日本武尊により創建された古社です。鎮座地の斗蔵山は古くから霊山として知られ人々の信仰の対象となっていました。神仏習合し、別当寺院として斗蔵寺が祭祀を担っていましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により、斗蔵寺から分離して斗蔵神社となっています。正面の神社山門は楼門形式のもので神仏習合時代の名残なのかも知れません。

【 場 所 】−宮城県角田市小田斗蔵

【 構 造 】−入母屋、鉄板葺き、五間一戸、十二脚楼門

【 備 考 】−宮城県には日本武尊縁の神社仏閣が多く斗蔵神社もその一つとなっています。宮城県は日本武尊が東国平定で現在の岩手県南部まで侵攻した事が想定される為、古事記や日本書紀で記されている事が事実とすると、宮城県は往路、復路共に行軍経路にあたり、白鳥信仰が盛んな地域もある事から必然的に日本武尊の伝説が多くなったと思われます。斗蔵神社の別当寺院となる安居山斗蔵寺は平安時代初期に坂上田村麻呂が大旦那となり、真言宗の開祖である弘法大師空海が開山したと伝わる古寺で奥州観音霊場第4番札所となっています。坂上田村麻呂は陸奥按察使、陸奥守、鎮守将軍を兼任し多賀城(宮城県多賀城市)に赴任している事から日本武尊よりも現実味がありますが、日本武尊と同様に坂上田村麻呂も縁の社寺も多く、殆どが後年創作されたものと思われます。弘法大師空海も同じく全国各地で数多くの伝説がありますが、その多くは創作されたもので、斗蔵寺を開山した大同2年(807)には客観的な資料に基づくと大宰府・観世音寺に止住した事になっており、陸奥に来たという事実はありません。以上の事から察すると、当初は斗蔵山を信仰する素朴な自然崇拝だったものが、食物を司る保食神が祭られるようになり、神仏習合すると、最初は天台宗だったと思われる斗蔵寺が天台宗の守護神である日吉大社(滋賀県大津市坂本)の祭神(大山咋神)が祭られるようになり、天台宗から真言宗に改宗すると、坂上田村麻呂や弘法大師空海の由来が創作されたと思われます。

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