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 神社山門: 諏訪神社

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諏訪神社

諏訪神社(宮城県仙台市青葉区)
【 概 要 】−諏訪神社は延暦年間に創建された古社で、鎌倉時代初期の奥州合戦の際には源頼朝が戦勝祈願を行い、社殿の造営が行われました。中世に入ると長く当地を支配した国分氏から崇敬され、康正3年に現在に遷座し、領内の一宮として信仰されました。江戸時代に入ると仙台藩主伊達家から崇敬庇護され社領の安堵や社殿の修復が行われています。

【 場 所 】−宮城県仙台市青葉区愛宕

【 構 造 】−寄棟、鉄板葺き、五間一戸、十二脚単層門

【 備 考 】−頼朝の命により諏訪大社の祭神(建御名方命)を勧請し当地に遷座したとされる伊沢家景は、頼朝政権下での官僚的な役割を担い、文治6年(1190)には陸奥国留守職に就任し、その後も多賀城の陸奥国府の長官として行政を指揮し、後裔は役職から「留守」姓を名乗っています。伊沢家景は実際に岩切城を居城として土着している事から、当社の由来も現実味があります。その後は、こちらも頼朝し従った信濃国佐久郡出身で源房治の後裔とされる佐久太郎房義と佐久次郎治義が当社の神官として下向したようです。源房治がどの様な人物かは判りませんが新羅三郎義光流の信濃佐久源氏が存在してる事からその一族だったのかも知れません。その後は領主である国分氏が庇護したと思われますが、明確になるのは室町時代になってからで、その国分氏も出身が明確では無く鎌倉時代初期に陸奥国国分荘を賜った国分胤通説や長沼氏の一族説、結城氏からの養子説などがあります。何れにしても戦国時代に国分氏は伊達家の台頭により没落し、その後は伊達家によって当社は庇護されています。

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