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 神社山門: 羽黒神社

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羽黒神社

羽黒神社(宮城県大崎市松山)
【 概 要 】−後三年合戦の際、源義家の家臣鎌倉権五郎景政により創建、松山14ヶ村の総鎮守として歴代領主から崇敬庇護されました。江戸時代末期には松山領主茂庭升元が小野寺鳳谷の絵馬を奉納しています。

【 場 所 】−宮城県大崎市松山千石松山

【 構 造 】−入母屋、鉄板葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−羽黒神社を創建したとされる鎌倉権五郎景政は相模国鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)出身の武士で平安時代中期に発生した後三年合戦に従軍し、16歳の少年兵でありながら奮戦し敵兵に片目を射抜かれたという逸話が残されています。この逸話は「奥州後三年記」によるものですが、「後三年記」や「後三年合戦絵詞」の影響を受けているとされ資料的な価値は微妙なようです。鎌倉権五郎景政自身はその後の資料に現れる為に自在する人物ですが、「奥州後三年記」の逸話を思わせる伝説が、戦場となった金沢柵(秋田県横手市金沢)や安久津八幡神社(山形県高畠町)、耳取り川(岩手県和賀郡西和賀町)、白滝神社(青森県三戸郡三戸町)など特に東日本に数多く残されています。宮城県では羽黒神社だけでなく矢抜き沢(宮城県亘理町)、鏡が池(宮城県亘理町)、鎌倉温泉(宮城県刈田郡蔵王町平沢)に鎌倉権五郎景政の伝説が残されています。当然、金沢柵から本拠である鎌倉までの凱旋経路は1つしかない為、多くの伝説は後年創作されたと思われますが、少年兵が傷つきながらも奮戦する姿が信仰の対象になったようです。

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