山梨県:茅葺屋根建築(塩山下小田原上条集落)

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山梨県茅葺屋根集落・概要・歴史
塩山下小田原上条集落: 古くは神金村に属し、重川を境にして左側の鎮守として鎮座する神部神社の「神」、右側の鎮守として鎮座する金井加里神社山梨県甲州市)の「金」に因み村名の由来となっています。上条集落は右側に位置する事から金井加里神社の氏子とされ、特に社号にから金属に御利益があるとして信仰され、往時は集落内にも金属関係の仕事に携わる家も多かったとされます。集落の起源は16世紀に黒川金山に採掘を携わっていたとされる中村弾左衛門尉により開かれたのが始まりとされ、鎮守である金井加里神社も大永3年(1523)に田辺土佐守が山王白山・金矢大神・日本武尊の分霊を勧請して創建しています。その後も江戸時代に編纂された古文書や記録などから度々下小田原上条集落についての記述が散見され集落の形成が少しづつ行われたと思われます。天明4年(1784)に編纂された「下小田原村上条組屋敷検地御水帳写」によると正徳3年(1713)には11軒、明治3年(1870)に編纂された「甲斐国山梨郡下小田原村上条戸籍書」によると21軒の民家があったとされ、現在は13軒と過疎化が進んでいるがわかります。

集落の形態: 下小田原上条集落は当地区内でも最奥地に位置し南側の比較的急な斜面に張り付くように民家が配され、中央部分には日常的の宗教の中心となった観音堂があり、それを取り囲みながら南側を開いた馬蹄形状の集落が形成されています。さらに、南側の川下には集落の入口を守るように金井加里神社と別当寺院だったと思われる福蔵院があります。

民家の特徴: 当地域は明治時代中期頃から養蚕業が盛んになった事から、切妻茅葺屋根の屋根裏が養蚕の飼育や作業場、関連の物置などに利用されるようになりました。それに伴い屋根裏にも通風や採光が必要となり屋根の中央部分を迫り上げる「突き上げ屋根」を設ける民家が飛躍的に多くなり、当地域の古民家建築の大きな特徴の1つとなりました。

集落の現状: 下小田原上条集落内には現在でも江戸時代後期から明治37年(1904)までの11棟の茅葺屋根の古民家が現存し、「突き上げ屋根」が見られる独特の集落景観が見られます。山梨県内では現在も「突き上げ屋根」の古民家が数多く残っていますが、集落として一定以上まとまって存在するのは下小田原上条集落だけで大変貴重な存在となっています。下小田原上条集落は平成27年(2015)に周辺約15.1ヘクタールが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

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