名 称 | 内 容 | 場 所 |
・洞泉寺 |
○洞泉寺は正和2年に創建した浄土宗の寺院で当初は天台宗でしたが室町時代中期に浄土宗に改宗し、江戸時代中期に現在地に境内を移しています。挙母藩主内藤家の菩提寺として寺運が隆盛し多くの末寺を擁しました。山門は入母屋、桟瓦葺、一間一戸、四脚楼門。内藤家の墓域(7代藩主内藤文成の他、一族合わせて7基)は豊田市指定史跡に指定されています。
○洞泉寺の楼門写真はこちら | ・愛知県 ・豊田市 |
・赤岩寺 |
○赤岩寺は神亀3年に行基菩薩により創建された古寺です。平安時代に入り真言宗に改宗し、中世以降は歴代領主である安達盛長や今川氏、戸田氏が庇護しました。江戸時代に入ると幕府から寺領50石が安堵され、歴代吉田藩主の祈願所として篤く信仰されました。木造愛染明王坐像は国指定重要文化財、木造聖観音立像と絹本刺繍阿弥陀三尊種子は豊橋市指定文化財に指定されています。山門は入母屋、桟瓦葺、三間一戸、八脚楼門。
○赤岩寺の楼門写真はこちら | ・愛知県 ・豊橋市 |
・豊川稲荷 |
○豊川稲荷は嘉吉元年に東海義易が創建した曹洞宗の寺院です。明治時代の神仏分離令後、稲荷といえば多くは神社に転じましたが豊川稲荷はあくまで愛称、別称で正式には「円福山豊川閣妙厳寺」と号します。戦国時代に入ると今川義元が帰依した事で境内や堂宇の整備が行われ、今川氏が滅び、その後に領主になった徳川家康や、戦国大名で九鬼水軍でも知られた九鬼嘉隆などの諸大名も帰依しました。江戸時代中期以降は信仰が全国的に広がり一般庶民も多数参拝に訪れ門前町も活況を呈しました。神仏分離令後は鳥居が撤去されるなど神式が廃され寺院となっています。
○豊川稲荷の楼門写真はこちら | ・愛知県 ・豊川市 |
・大恩寺 |
○大恩寺は推古天皇の時代に恵淮により創建された古寺です。文安元年に了暁慶善が再興し、寺号を「大運寺」に改め、浄土宗の寺院となっています。その後、松平親忠の庇護となり現在地に境内を移し、戦国時代に領主となった牧野家の菩提寺となり寺領の安堵や堂宇の造営が随時行われました。江戸時代に入ると、移封したものの牧野家が庇護し、幕府からも寺領100石が安堵されていました。山門は入母屋、本瓦葺、三間一戸、八脚二重門、愛知県指定文化財に指定されています。
○大恩寺の楼門写真はこちら | ・愛知県 ・豊川市 |
・龍源寺 |
○龍源寺は建久年間に創建された寺院で、創建時は真言宗でしたが明応年間に周鼎仲易が曹洞宗に改宗しています。寺宝が多く黒門、木造宗鼎仲易肖像、柱杖、釈迦出山之図、ホウ、板碑などの文化財を所有しています。
○龍源寺の楼門写真はこちら | ・愛知県 ・豊川市 |